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洪家拳とは

洪家拳とは

洪家門史

洪家拳雑記


 南派少 林拳の流れをくむ、中国武術の一大門派である。洪拳とも言う。
 強靱かつ俊敏な「馬」(足腰)と、力強く精妙な「橋手」(手技)で知られ、特に「虎爪」を得意とする。内功(体の内なる力)の鍛錬や、棍術(棒術)など にも優れた技術を持つ。中国南方の、いわゆる「南拳」を代表する武術である。呼吸法を重視し、技と同時に大声を発するのも特徴の一つだ。代表的な套路に 「工字伏虎拳」「虎鶴双形拳」「鉄線拳」がある。

 明末清初(17世紀ごろ)から広東省を中心に広まったが、現在 では華人社会の進出にともない、東南アジアや欧米でも盛んに行われている。
 さまざまな系統があり、風格も異なるが、今日伝わる技のほとんどは、民族的英雄で名手と称えられた黄飛鴻(1847−1924年?)が発展させ、その高 弟の林世栄がまとめたものだ。
 当研究会が学ぶのも、広州市出身の劉湘穂代表が祖父・劉星健師、林世栄の弟子・岑猛寧師、広州の南拳名師・李堯山師から伝授された黄飛鴻−林世栄系の洪 家拳である。


●鉄橋鉄馬


 
洪家拳の根幹は「鉄橋鉄馬」にある。「硬橋硬馬」とも言う。
 下半身の力、つまり「馬」を鍛えることを「扎馬」といい、北派武術における「站」の ことである。両足を大きく開き、腰を深く落とす「四平大馬」をはじめ「二字拑陽馬」「弓箭馬」「吊馬」「独立馬」「騎龍馬」などの歩型に習熟することで、 「身正歩穏」(姿勢正しく、足運びが安定している)と評される強固な足腰をつくるのである。

 頭、首を真っすぐ立て、背筋をしめ、肩と肘は深く落とし、腹と 臀を引き締める(腹や臀を突き出さない)のが正しい姿勢である。洪家拳では「未学功夫、先学扎馬」(技より先に扎馬を学べ)といわれるほど、この扎馬が重 視される。

 「南拳北腿」(南派は拳、北派は蹴りに秀でる)と言われるよう に、洪家拳に「腿法」(蹴り)は比較的少ないとされるが、鍛えた「馬」からは「快、狠、准、勁」(速く、苛烈、正確で、力強い)と称される、実戦的な蹴り を放つことが可能となる。

 「橋」とは前腕部のこと。洪家拳は拳だけでなく、圏、沈、膀、 架、截、穿など様々な「橋手」を駆使する。重い橋手で相手の防御をこじ開け、「正面突破」することに洪家拳の真髄がある。橋手の鍛錬には「木人」(敵に見立てた木製の人形)を使うことや、前腕に鉄環をはめる場合もあり、これも洪 家拳の特徴である。

 「鉄」といい「硬」といっても、筋骨のみを鍛え、体をがちがち にしてしまうわけではない。実戦での動きは、柔軟で「霊活」(鋭敏で軽やか)なことが求められる。また洪家拳の技は、一部の評者が言うように「力まかせに 叩きつける」ものではない。それはむしろ、経脈を傷めるとして、戒めの対象とされているのである。安定しかつ素早い動きと、重い打撃力を身に付けるには、 あくまで扎馬と橋法の習練を重ね、正しい力の出し方や打法を学ばなければならない。逆に言えば、これらが出来ていなければ、洪家拳の技は身につかないので ある。


●洪家五行拳

  拳法の基本にあるのが、木、火、土、金、水の五行思想にのっ とった「五行拳」である。
 「火箭拳」は、相手の心臓部を狙い、鋭い突きを打つ。
 「土中拳」は、相手の腹部を狙い、深く、重いものを放るように直拳を放つ。
 「分金拳」は、重いものを叩きつけるように、左右に橋手を振り下ろす。
 「水浪抛拳」は、下からすくい上げるように橋手を放つ。
 「夾木拳」は、挟み込むように左右の橋手を回しながら打つ。

 この五行が、それぞれ火=鶴、土=龍、金=虎、水=蛇、木=豹 に対応し、より高度な、それらの鳥獣の動作を取り入れた「五形拳」や「虎鶴双形拳」へとつながっていく。洪家拳の技は、この五拳を基にしているといっても 過言ではない。
 さらに、火は心臓、土は脾臓(中国医学では消化器系全般を指す)、金は肺、水は腎臓、木は肝臓に対応し、それは各拳が攻めるべき部位というだけでなく、 練習をすることで、それぞれの臓器を健康にできるとされている。拳には発声を伴うが、それは勢いを助けるだけではなく、五臓六腑を強くする効果を持つ。
 これらを図示すると、次のようになる。
 

五形

五行

五方

西

五臓

五質

五勁

化勁

抖勁

長勁

沈勁

筋勁

五拳

水浪

火箭

土抛

分金

夾木

 洪家拳のみならず中国武術では、拳を打つ時は「含胸抜背」(胸を弛め、背の 力を抜く)といい、肺や心臓部に余計な力をかけないことが大切である。また南派では、ストレートを打つ時も肘を伸ばしきらない。筋を痛めるだけでなく、へ し折られる危険もあるからだ。五行拳によって、こうした基本動作を身に付けるのである。

 なお「五行拳」の名を冠する武術は多く、北派少林寺や形意拳などにも同名の 技がある。各派それぞれ型や風格は異なるが、いずれも基本の拳法に位置付けられている。


●洪家三宝


 洪家拳を代表する套路(型)が「工字伏虎拳」「虎鶴双形 拳」「鉄線拳」である。「洪家三宝」と呼ばれる。いずれも清朝末期までのさまざまな古伝洪拳を黄飛鴻が発展させ、林世栄が套路としてまとめたものだ。
林世栄の弟子、朱愚斎が師の教えを整理し、図解付き(モデルは林世栄)で同名の三書を広州で出版しており、これが今日入手できる洪家門唯一の技術資料と なっている。

 「工字伏虎拳」は、洪家拳の基本套路である。他の拳法や器械(武器)類を学 ぶための基礎であり、第九十二式まである。姿勢正しく、足運びが「工」字を描くのでこの名がある。
虎拳、伏虎拳の系統は、黄飛鴻の代まで「単工伏虎拳」「双工伏虎拳」「猛虎拳」などと細分化していた。林世栄が師の没後、それらの重複や不合理な部分を取 り去り、再編したのである。今日、洪家拳を学ぶ者は、この拳によって橋手を鍛え、正確な力の出し方や歩法を身に付けるのである。

 「虎鶴双形拳」は、近代洪拳の中でも最も有名な套路である。黄飛鴻が受け継 いだ洪家拳にはいくつかの系統があり、大きくいって陸阿彩の伏虎拳の系統、鉄橋三の鉄線拳の系統、さらに洪煕官系と云われる古伝の「三箭拳」(又は三展 拳)の系統に分けられるようである。清末までの古伝洪拳が、黄飛鴻のもとで一つになったとも言えるだろう。
 そこから古伝を継承しつつ、さらに学びやすいスタイルにまとめたのが林世栄であり、その代表が虎鶴双形拳なのである。林世栄は香港に移住後、武館を開き 「虎鶴門」という一派を創始している。
 この拳は、虎の「勁」(虎の膂力)と「形」(虎爪)、鶴の「象」(鶴の秀麗、飄逸)を合わせ持つといわれ、その技は重厚かつ敏捷、勇猛にして精妙であ る。剛柔を兼ねそなえ、長橋・短橋(長打・短打)を使い分ける。第一式「龍虎出現」から、第百十二式「虎鶴齋鳴」まである。

 以上の二拳はいずれも「虎」の名が冠してあり、黄飛鴻は「虎 痴」と呼ばれるほど虎形を好んだという。虎形こそ洪家拳の本領なのである。梁達編著『工字伏虎拳』(嶺南美術出版社、1996年)は「洪拳は虎形に属し、 虎は擒拿を以て根本とす。故に虎爪、擒拿は、洪拳の真技なり。その鉄橋鉄馬は、実に擒拿の用に備ふ。…歴代の洪拳名家、陸阿彩、黄飛鴻、林世栄、二、何華ら、擒拿、虎爪を以て最も精とせざるなし」と解説している。擒拿とは捕らえる ことであり、中国武術では経絡(ツボ)を押さえ、間接を決める技のことである。

 「鉄線拳」は体の内から出る勁力、つまり内功を鍛える套路であ る。清末の洪拳名手・鉄橋三の絶技だった。もとは少林拳の内功法だったという。拳としては橋手を鍛えるために行うが、気を巡らせ、血流をよくし、体を強壮 にする効果も持つ。一種の「養生拳」なのである。
 「外膀手」と「内膀手」の二式があり(膀手=上腕部)、外膀手は外功で手、眼、身、腰、馬を鍛え、内膀手は内功で心、神、意、気、力を練る。その要諦は 「静中に動有り、動中に静有り。放ちて放たず、留めて留めず」である。
 鉄線拳の存在は、巷間に流布する内家/外家(内功を重んじる北派の太極拳、八卦掌、形意拳と、外功=筋肉の力を重んじる少林拳や南派諸武術)という単純 なカテゴライズを無意味にしてしまう。「外練筋骨皮、内練一口気」(外に皮膚、筋肉、骨を鍛え、内にあっては真気を練る)という教えがあり、洪家拳もま た、内功をもって基本かつ上乗の境地としているのである。
 「剛中帯柔、拳中之尊」(剛中に柔を帯びる、拳中の尊たり)というのが、洪家拳を称える言葉として今日まで伝わっている。


 以上をもって、 洪家拳は南拳五大名家(洪家拳、劉家拳、蔡家拳、李家拳、莫 家拳)の中でも首席に数えられているのである。

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